マーケット見通とポイント
8月相場に入り日米の株式市場が急落に見舞われた。7月31日の日銀金融政策決定会合での利上げは、据え置きを見込んでいた多くの市場関係者にはサプライズだった。同日に開催された米連邦公開市場委員会(FOMC)では、米連邦準備理事会(FRB)が物価重視から景気にも目配せをするスタンスを見せたが、翌日に発表された7月のISM製造業景況感指数が46台と市場予想から下振れし、8月2日の7月雇用統計も市場予想を下回り、米景気への懸念が強まった。米FF金利が現在の5.25〜5.50%に引き上げられた23年7月から1年が経過。引き締め効果が急に意識され、投資家が米景気の軟着陸シナリオを疑い始めた。ただし、米景気は緩やかに減速しているが、一足飛びにリセッションを警戒するのは明らかに行きすぎだ。
日本株下落の背景には米国株の急落に加え、円高・ドル安が下げを増幅させた面がある。7月10日の1ドル=161円台後半に円安が進んだ際、輸出企業を中心に業績上方修正を織り込んで株価は上げたが、8月2日にNY市場で一時146円台まで円高が進み、その期待がはげ落ちた。円高が進んだ最大の要因は投機筋のポジション調整だろう。海外投資家の多くは「日本の利上げは早くて10月」と想定していたもようで、夏季休暇前にキャリー取引を構築していた投資家は完全にはしごを外された形となった。投機筋の建玉を示すシカゴCFTCの円売りポジションは7月2日時点の直近ピーク18.4万枚から7月30日までの4週間で60%も減少した。その後の円高でさらに巻き戻しが進んでいる可能性がある。もっとも6月の日銀短観における今24年 度の想定為替レートは1ドル=144.77円であり、140円台後半の円高はそれほど懸念する水準でもない。
7月30〜31日の日銀金融政策会合で示された「展望レポート」では「企業の賃金・価格設定行動が積極化するもとで、過去と比べると為替の変動が物価に影響を与えやすくなっている面がある」という一文が加えられ、為替と物価の関係を日銀内部で深く議論した可能性がある。植田総裁は「利上げが景気に強いブレーキをかけるとは考えていない」と、賃上げ拡大を原動力とした国内景気の底堅さに自信を示している。三村財務官は7月31日のメディアのインタビューで「足もとの円安について、輸入物価を押し上げて国民生活に影響を与えるなどデメリットが大きい」と発言しており、政府が求める円安是正に日銀が利上げで呼応したように見える。もっとも利上げの経済への影響は限定的だろう。名目金利からインフレ期待を差し引いた実質金利は依然として大きなマイナス圏にある。ただし、植田総裁が記者会見で「経済・物価見通しが日銀の見通しに沿って動いていけば引き続き金利を上げていくと考える。その際0.5%を壁として意識するかというと、そこは特に意識していない」と述べるなど、タカ派的な印象を与えたため、海外投資家がこれをどう受け止めるか注目したい。
米景気は緩やかに減速、9月に利下げへ。年末に反発する公算。
米FOMCは全会一致で政策金利据え置きが決定された。パウエル議長の記者会見では次回9月会合の利下げを否定せず、結果として0.25%幅の利下げを市場に織り込ませた。9月利下げの可能性に関する質問が相次いだが、パウエル議長は「委員会の感触として、政策金利の引き下げが近づいている」と明言。同時に「物価上昇率の鈍化と労働指標の軟化が続く限り確信は間違いなく高まっていく」と回答した。今回のFOMCでは政策の軸足が、物価重視から、景気と物価の両睨みへとシフトしたと言える。しかも景気と物価のバランスは、景気への比重が以前よりも増した印象だ。パウエル議長の微妙な心理を感じ取った市場は弱い経済指標が出ると、利下げ圧力を高めやすい環境になってきた。
しかし、過度な悲観は不要だ。冒頭に記した通り、減速しているが失速するほど景気は弱くはなく、利下げを急ぐ環境ではない。ただ、物価安定の自信を深めるなか、今後は現状の高金利政策の影響で必要以上に景気が減速することがないよう利下げするだろう。利下げの「のりしろ」は大きいので、基本はFOMCで経済・金利見通しが公表される3月、6月、9月、12月に順次利下げが想定される。
ところで、22年3月からの大幅利上げに米景気が耐えた主因は、①強い雇用と②資産効果が影響したと考えている。世界ではコロナ禍明けにサービス業の人材不足が深刻化した。米国も同様だが、日本のように賃金・労働時間で調整するのでなく、解雇と採用で調整する慣行があり、しかも米国には移民に依存できる柔軟性がある。強い雇用は景気には追い風だが、物価には問題だった。しかし高金利政策がようやく経済抑制に効きはじめてきたようだ。労働市場の冷え込みが進むにつれ、経済成長率も緩やかに減速するだろう。
FRBの資金循環統計によると、株式・投信・保険・年金などの資産膨張が加速している。とりわけ、ここ10年ほどの各四半期に生まれた含み益が巨額である。住宅価格も株価も上昇基調を辿り、その結果、2000年からの累計で不動産は累計約32兆ドル、株式は同約25兆ドルの含み益が発生した。名目個人所得も、その間に増え続けているが同約15兆ドルに留まり、不動産と株式の含み益が遥かに大きかったことがわかる。含み益は実質個人消費の伸び率と連動した動きをする。消費の決定要因は可処分所得だが、それ以上に近年は資産効果が影響している可能性がある。この仮説を前提にすると、今後FRBが注視する焦点は「雇用」と「株価」になるだろう。
今年の米国株は、1〜3月は一本調子の株高、4〜6月は一時的な調整をはさみながらも株高持続、7〜9月は例年みられる夏枯れに加え、大統領選挙前でもともと調整しやすい環境にあった。8月上旬までの米国株の下落はこれまで急騰したマイクロソフトなど「マグニフィセント7」の大型テック株を売り、ディフェンシブ株、配当利回り株、中小型株へシフトするセクターローテーションの範囲とみている。8〜9月相場でこれが一斉に売られる展開となれば、株安と逆資産効果のスパイラルで「景気後退懸念の株安」につながるので注意が必要だが、現状はその可能性は低い。ちなみに、1990年以降、米ISM製造業景況感指数が平均的な底値圏とみられる46台へ到達したときにS&P500へ投資した9回のケースでみると、12カ月後の株価騰落率は、1回の例外を除きすべてプラス着地だった。平均騰落率は+15.8%である。1回の例外は2000年のITバブル崩壊時である。今回、突然の急落で投資家心理が冷え込んだため、しばらく乱高下しそうだが、10〜12月は反発する時期になるので、その前は押し目買いのチャンスと考えられる。長期的な観点では、高い技術力やブランド力で市場からの評価を高めてきた優良株の押し目買いが有効だろう。富士フイルムHD、リクルートHD、日立、NEC、三菱重工などに注目。
(8月20日記)