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マーケット見通とポイント

2023年12月1日
2115兆円にのぼる家計が保有する金融資産が動きだす

24年1月から新しいNISA制度が始まる。非課税投資上限の引き上げと、非課税保有期間の無期限化の2つを柱とする。岸田政権の掲げる「資産所得倍増プラン」のもと、日本の行動様式に長期投資を「文化」として定着させるための国家戦略の要である。家計が抱える資金がわが国企業の投資資金の出し手となれば、成長意欲の高い企業に生きた成長マネーが行き届き、企業の成長と企業価値の向上が期待されよう。企業価値の増大は家計の金融資産所得のさらなる拡大を通じて、企業の成長と家計の資産所得増加の好循環に繋がる。その意味において、新NISAの抜本拡充・恒久化は家計に眠る現・預金の株式・投信シフトを促す一手として注目される。

家計が保有する金融資産を巡る岸田政権の課題認識は3つある。

第1に日本の家計金融資産の構成比だ。配当所得などをもたらす上場株式・投資信託・債券(以下「有価証券」)が、家計の金融資産全体(23年6月末時点2115兆円)に占める割合は18.7%(369兆円)と21年末の12.3%からは上昇傾向にある。一方で、現・預金の割合は依然として金融資産全体の半分(52.8%、1117兆円)を占めており、この割合は21年末の54%からほとんど変化がない。米国の13%、英国の27%と比べても明らかに高い。結果として家計が金融資産から得る所得はこの四半世紀余りで半減している。内閣府の『国民経済計算』によれば、貯蓄で家計が得た利子の総額は94年度には26.6兆円であったが、2021年度にはわずか6.0兆円に低下した。一方、投資による配当金は企業の株主還元が強化された結果、同期間に1.4兆円から8.2兆円に増加した。今後、預金金利は徐々に上昇する可能性があるが、米国のようなドラスチックな利上げは当分期待できない。一方で企業は株主還元の強化を継続するだろう。「資産所得倍増」には、配当所得などの増加が重要であり、有価証券の割合を高めていくしかない。

2つ目に有価証券を保有している個人の割合が低いことだ。わが国の家計金融資産のうち、有価証券を保有している個人は成年人口の約2割にとどまり、投資未経験者が約8000万人も存在する。投資未経験者は、配当所得などを通じた所得の分配を受けられていない。そのためには個人金融資産の増加を図りつつ、家計の現・預金(約1117兆円)を上場株式・投資信託などへ誘導する必要がある。投資家の裾野の拡大により、個人が保有する上場株式・投資信託などの金額及び配当所得なども増えると考えられる。新NISAを通じた「1億総投資家」の実現が、わが国の「中間層のための資産所得倍増」実現には不可欠といえる。

3つ目はいよいよ日本のインフレが一時的とは言えなくなってきた。日銀は10月31日公表した展望リポートで23年度と24年度の消費者物価指数(生鮮食品を除く=コアCPI)の前年度比上昇率をいずれも2.8%に上方修正した。22年度から3年連続で3%前後のインフレ見通しとなり、政府・日銀が物価安定の目標とする2%程度を大幅に上回る。家計の金融資産が現・預金に偏重していることは、長らく続いたデフレ下では少なくとも資産価値が目減りすることはないとの意味で正当化された。しかし高いインフレが続けば家計の「現・預金は安全」という神話が崩壊する。米国ではインフレがピークアウトした80年代以降に産業の新陳代謝が進み、新たな成長産業が育つタイミングで、税制優遇のある確定拠出年金を通じて各家計の資産運用に株式が組み込まれた。EV(電気自動車)時代の幕開け、生成型AIがすべての産業に普及する直前のタイミングなどを考えると、日本は米国に40年遅れで、全く同じ道を歩み始めると見ていいだろう。

岸田政権は企業部門に蓄積された350兆円もの現・預金を重要分野、例えば人材、スタートアップ、GX、DXへの投資につなげ、家計の勤労所得のみならず、金融資産所得の増大を重要な政策課題と捉えている。こうした中、政府は22年11月に策定した「資産所得倍増プラン」で①投資経験者の倍増(5年間でNISA総口座数を現在の1700万から3400万へ倍増させること)、②投資金額の倍増(5年間でNISA買い付け額を現在の28兆円から56兆円へ倍増させること)を目指している。

図のように、家計が中長期的な資産形成を通じてわが国企業の投資資金(リスクマネー)の出し手となれば、企業の成長と企業価値の向上がもたらされる。企業価値の増大は家計の勤労所得の増加と、金融所得の更なる拡大を通じて、企業の成長と家計の資産所得増加の好循環に繋がる。その意味において、新NISAの抜本拡充・恒久化は家計に眠る現・預金を目覚めさせる切り札となる。

新たなNISA制度は、①持続的・安定的な物価上昇、②わが国企業の株価に対する意識の変化、例えばPBR1倍割れ対応や投資単位の引き下げ(株式分割などを含む)などと相俟って、家計の有価証券投資の活性化につながる起爆剤となり、中長期の国民文化として定着していく可能性がある。

問題は日本の家計の中長期の運用先が日本株に向かうかどうかである。最近の日本人投資家の投資先として、過去のパフォーマンスの結果から、日本株には消極的で、外国株式(とくに米国株式)の優位性が確認される。家計の資金が日本株に向かうためには①日本株のパフォーマンスが全体として継続して向上すること、②日本企業が長期的な企業価値増大に向けて継続的に取り組むこと、③投資単位の引き下げなど個人投資家が投資しやすい環境整備が課題となるだろう。なかでも日本企業の経営者の「守りから攻め」への意識の改革に注目したい。背景には東証の要請、投資ファンドからの圧力、さらにグローバルな現場での経験を積んだ若い経営者に世代交代が進んでいることがある(図参照)。インフレ、地政学的リスク、テクノロジーの大転換期にある今、日本企業は攻めの経営姿勢に転じ、長期的価値の向上に取り組まざるを得ないだろう。

 

 

NISA制度が始まった2014年以降の世代別のNISA口座数の推移をみると(グラフ参照)、各世代で口座開設が増加している。なかでも20年から20〜30歳代の口座開設の増加が顕著になっている。金融庁「市場ワーキング・グループ」の報告書が発表(19年6月)された後に広まった「老後2000万円問題」がきっかけとみられる。18年末から23年6月にかけての伸び率をみると、20〜30歳代(同期間の伸び率162.6%増)は当然としても、40歳代(同79.4%増)、50歳代(同61.6%増)の伸び率も相応に高い。

過去に日本株で投資を始めたもののマーケット環境によって長期投資が実を結ばず、結果として損切りするなど失敗した経験から、運用にトラウマをもつ世代も存在する。主に50代から60代以上のベテラン世代に多い。足もとでNISA口座の開設が伸び悩んでいる世代のうち、60歳代以上の世帯は新NISA制度の開始をきっかけに一段と口座開設が増加すると思われる。元メガバンクのエコノミストで、現在日銀審議委員の高田創氏は、投資を開始した時期を学校卒業時点と想定し、大まかに「4世代」に分けると世代間ギャップがあると指摘している。

トラウマ世代(現在50代前半〜60代前半):投資の開始が1983〜1992年。この世代のなかには一度バブルを経験した人もいるが、その後20年以上に及ぶ長期の株価低迷で損切りを迫られた経験から株式の長期投資にトラウマを持つ人が多い。

氷河期世代(40代前半〜50代前半):投資の開始が1993〜2002年。この世代は就職氷河期とバブル崩壊の2つの苦難を経験。正社員になっている割合が低く、二重のハンデを負っている。団塊ジュニア(49〜52歳)はこの世代。

雪解け世代(30代前半〜40代前半):投資の開始が2003〜2012年。この世代は現在バリバリの働き世代で会社の中核的人材。バブル崩壊やリーマン・ショックの後に資産運用を始めた世代でトラウマは限定的。

アベノミクス世代(20代〜30代前半):2013年から運用を開始したと想定されるこの世代は、これまでのところ運用でマイナスの経験がほぼない。

さて、各世代は今後、資産運用とどのように向き合うだろうか。アベノミクス世代・雪解け世代は世界が激動期に入るなか、社会でますます力を発揮しようとしている。運用にも積極的でこの世代は日本の運用カルチャーを一変させる可能性を秘めている。

トラウマ世代は新NISAを活用した退職金の運用を考えている。同時に、これまでの人生とともに日本の会社の盛衰をみてきただけに、経営改革を進める最近の若い企業経営者に期待を持ち始めているのではないか。二重の苦難を経験した氷河期世代は立ち直れない? そうではない。ひょっとするとお父さん(団塊の世代:現在74〜76歳)の資産を受け継ぐ可能性がある。つまりオール世代が新NISAを使った長期運用を始める可能性がある。

足もとで好配当の大型銘柄の株価が相対的に堅調に推移している。とくに長期投資をする上で一定の安心感がありそうな、JT(2914)、日本郵政(6178)、ゆうちょ銀行(7182)、NTT(9432)といった元国営企業や、ソフトバンク(9434)などの堅調さが目立つ。これらの銘柄は新NISAスタートに向けて長期目線の投資機運が高まる可能性がある。

(11月20日記)

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