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マーケット見通とポイント

2023年8月31日
バブル期の高値更新は個人消費および企業の投資拡大がポイントになる

東証株価指数(TOPIX)が8月1日、2,337ポイントと1990年7月以来、バブル崩壊後の高値をつけた。日経平均も同日、3万3,476円と7月3日に付けたバブル後の高値3万3,753円にあと277円に迫った。今回の株価上昇の背景には日本経済が長期にわたるデフレ不況を克服し、インフレのもとで新たな成長に向かいつつあるとの期待がある。もちろん為替市場の円安進行といった輸出関連企業への追い風もあるが、企業による値上げの広がり、東証の市場改革への期待も株価を押し上げる力となっている。

このところの株価上昇がバブル期と違うのは、株価収益率(PER)などのバリュエーション指標の推移である。日本株の予想PERは足もとの株高を受けて上昇しつつあるが、TOPIXで13.9倍(7月25日時点)と2005年以降の平均(15倍)に届いていない。1990年のバブル期の50〜60倍とは比較にならないほど割安だ。ちなみに米S&P500の予想PERは19.8倍(7月25日時点)である。

バブル期には日銀の緩和的な政策に後押しされて高騰していた不動産を時価で(資産の含み益を)評価する「Qレシオ」が登場し、その所有者である企業の時価評価も高まるという流れが株高を加速させた。しかし、日銀や政府の政策が転換して地価が下落に転じると、土地の価格は下がらないという「土地神話」が崩れ、株価も急落した。

その点、現在はAI向けの需要拡大などに伴う半導体産業の成長、円安による外需企業の業績拡大、値上げによる内需企業の収益改善、自社株買いの増加にみられる株主重視の姿勢の高まりなどが株高のベースにあることは安心材料だ。

日経平均が今後バブル期の最高値である3万8,915円に向けて上昇していくには、さらなる企業業績の改善をもたらすような好材料が必要だ。その観点で注目されるのは個人消費や企業の設備投資が本格的に活発化していくかどうかである。日銀の「資金循環統計」によると、家計部門は一貫して貯蓄超過の状態が続いており、コロナ禍での給付金支給や消費抑制により余剰幅が拡大した。企業部門でも、1990年代の後半から投資をキャッシュフローの範囲内に収める傾向が強まり、投資不足が続いている。

家計の現預金は23年3月末時点で1,107兆円(日銀「資金循環統計」の資産項目)にのぼり、コロナ禍前の19年末時点と比較して約10%増加している。企業の値上げが相次ぐなかでも消費関連指標が底堅さを示していることから、コロナ禍で積み上がった超過貯蓄が個人消費を下支えしている可能性が高い。インフレ期待が徐々に醸成されるなかで、個人消費がトレンドを伴って拡大していくかが注目される。

 

企業の潤沢な内部留保が設備投資や自社株買いへ向かい、ROE向上へ

 

企業部門に目を向けると、バブル期には設備投資のための借り入れ需要が大きく、資金不足の状態にあった。しかし、ここ20年以上は投資不足が続き、資金は余剰となり、結果として企業には膨大な現預金が積み上がった。法人企業統計ベースの企業の内部留保(利益準備金+積立金+繰越利益剰余金)は2001年度の168兆円から21年度は516兆円と3倍に急増している。この企業の投資不足が日本経済の活力を低下させ、デフレを加速させる悪循環となった。

そして、いよいよデフレからの脱却が企業経営に大きな影響を与える可能性がある。日銀短観によると22年度の大企業の売上高は前年度比10.6%増えた。バブルの頂点だった1989年以来の高い伸び率だ。経済の正常化による需要回復に加え、物価が上昇したことで名目値が膨らんだわけだ。デフレの時代は建物、設備、商品などの実質的な価値も下落するため、実物資産を多く保有する製造業は設備投資を先送りするインセンティブが働いた。しかし、物価が上がりだしたことで企業は国内で設備投資のアクセルを踏みだしたようだ。第一生命経済研究所によると、日本の名目設備投資は21年度実績の90.1兆円から22年度は96.0兆円、23年度は101.8兆円まで拡大すると試算している。これが実現すれば、実に1991年度の102.7兆円以来32年ぶりに高い水準まで回復することになる。企業の資金が成長分野に積極的に投じられれば、企業の業績改善期待を通じて日本株の評価が一段と高まることになる。具体的には、生成AIを活用した成長分野への投資、脱炭素やコロナ禍を契機とした人手不足対応、米中対立など地政学的リスク対応の長期的な投資、効率化を高めるデジタル化投資などが候補となろう。

企業のキャッシュの活用方法としては設備投資以外に自社株買いや増配といった株主還元の強化も一つの選択肢である。東証は今年に入り株価純資産倍率(PBR)が1倍を割れている企業に改善策の開示を要請するなど、中長期的な企業価値向上や資本効率改善への取り組みを企業に促しており、その一つの方策として株主還元の強化に市場の関心が集まっている。

実際に、日本企業の自己株式取得の設定枠拡大が続いている。いわゆる「モノ言う株主」であるアクティビストによる提案・議決権行使の活発化も企業行動の変化を促している面もある。「失われた20年」などと呼ばれ、バブル崩壊後から長期の経済停滞を経験した家計や企業の行動は一朝一夕には変化しないだろうが、それでも企業の相次ぐ値上げや株主還元の積極化は株式相場に好影響を与えよう。

変化の象徴はトヨタである。東証が7月から公表を開始した新しい株価指数「JPXプライム150」指数の構成銘柄に同社株は採用されなかった。同指数の選定基準は①推定エクイティスプレッド(ROEから株主資本コストを引いた値で企業価値創造の基本となる指標)の上位75社、②PBRが1倍を超える銘柄のうち時価総額上位75社というもの。この指数に採用されることは「企業価値が創造できる日本の超優良企業」の評価になるが、銘柄選定基準日にトヨタはPBR1倍に届いていなかったと推定される。東証の発表と前後してトヨタは新たな利益成長を感じさせる計画を相次いで発表した。電気自動車(EV)の性能を飛躍的に向上させる「全固体電池」の27年実用化、EVの生産コストを劇的に引き下げる「ギガキャスト」の導入、政策保有株として保有するKDDI株式を、保有する5分の1に当たる2,500億円分を売却して新型車開発に投入する、などだ。トヨタの株価は8月2日、2,549円と2022年1月に付けた上場来高値を1年7ヵ月ぶりに更新した。今年3月末と比べて37%の上昇である。時価総額は40兆円を超え、PBRは1.22倍となった。トヨタは実力以下の株価評価に危機感を強め、改革に本気になったようだ。

グローバルでの比較で、日本企業のROE(自己資本利益率)は8.5%(22年末)と欧米の企業と比べて低い水準にあるが、仮に欧州並みの10%程度まで改善すれば、ROEとPBRの関係から2割程度は株価評価が高まることが予想され、日本株は89年のバブル期の高値更新が視野に入ることになる。

 

(8月25日記)

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