マーケット見通とポイント
8月初めに、日米の株式市場は急落に見舞われたあと、一転して急反発した。この株式市場の急落時にはお膳立てがあった。まず、①年初から7月中旬までの史上最高値(日経平均は11日、NYダウは17日、ナスダック総合は10日)を付けるまでの上昇ピッチが速すぎた、②次に夏枯れ(8〜9月の季節的株安)を迎える前に、エヌビディアなど半導体関連やGAFAMなど米国の大型ハイテク株には利益確定売りが出ていた、③そこに日本の金融政策の変更と米国景気への不安感台頭が重なり、先行きの不透明感が一気に強まった、ことである。ちなみに23年末から日経平均の史上最高値日である7月11日までの上昇率は、MSCIベース米国株で17.5%、日本株は13.4%と年率換算では25〜30%を超える異例の上昇ペースになっていた。そして7月12日から急落後の安値を付けた8月5日までの下落率は米国株でマイナス7.1%と上昇率の4割程度を失ったに過ぎないが、日本株は米国株安と急激な円高による業績懸念が重なり、同16.7%と年初からの上昇率をすべて帳消しにした。日本の株式市場は、主力銘柄に輸出関連が多いことに加え、とくに先物市場で外国人投資家の売買シェアが7割程度と高いことから、米景気不安と円高・ドル安を引き金に極端に大きな変動幅をもたらした。その後の展開をみると、NYダウが8月26日に再び7月17日に付けた史上最高値を更新したが、日経平均は同下落幅の約64%の回復にとどまっている。
今後の焦点は、米景気とFRBの金融政策、日米の政治情勢だ。米経済については製造業を中心に経済活動が減速しているが、サービス業が底堅く、依然として「ソフトランディング」シナリオが優勢だ。心配されたことは、株安による逆資産効果が消費を冷やすことだが、その心配はなさそうだ。今後、注視すべきはサービス消費、非製造業、雇用だろう。なぜなら、消費に影響するのは所得と資産効果とインフレの3つだが、インフレが沈静化した現在、所得と資産効果が焦点となる。株価が持ち直してきたので、今後のポイントは雇用の減速具合だろう。
雇用に関しては8月22〜24日に開催されたジャクソンホール会合におけるパウエルFRB議長の発言が注目される。パウエル議長は、インフレ率は目標とする2%に戻る持続可能な道筋を辿っているとの確信を深めており、一定の成果を示している。一方で、労働市場については、先行きに慎重、むしろ懸念している様子が窺える。例えば「労働市場の状況が冷え込んでいることは明白だ」と現状に懸念を示し、「われわれは労働市場の状況がさらに冷え込むことを求めないし、歓迎もしない」と決意を述べ、「物価安定に向けてさらに前進する中で、われわれは力強い労働市場を支えるために全力を尽くすつもりだ」と直近7月のFOMC当時よりも踏み込んだ発言をしている。パウエル議長は、労働市場が軟化していることを認め、強い労働市場のためには出来ることは全てやるという姿勢を示し、政策の軸足をインフレから雇用に移すことを明確にした。株式市場にとっては大きな安心材料である。
東証、金融庁の上場企業への資本効率改善要請はまだまだ続く。
次に、日米の政治情勢、とくに米国の大統領選が不確実性を増している。米調査会社の支持率調査ではカマラ・ハリス副大統領がトランプ前大統領を抜き、勝率のオッズもハリス氏が上回っている。ただ、大統領選は支持率ではなく、全米に割り振られた選挙人438人(=上院100+下院435+ワシントン特別区3)の過半を獲得した者が勝利する。現状ではほぼ互角で、今のところどちらが勝つかは予想できない。仮にハリス氏が勝利するならば経済政策はバイデン政権の内容をほぼ踏襲すると考えられるため、マーケットへの影響は軽微と考えられる。またトランプ氏が勝利するケースでも2回前の2016年11月の大統領選後は日米株式市場ともに株高で反応したうえ、なによりも一度トランプ政権を経験しているので市場には一定の耐性があるとみられる。
まもなく日本の新しい自民党総裁が決まるが、むしろ年内に予想される「衆議院解散」の材料性のほうがはるかに大きい。歴史的に解散総選挙になると株高という傾向が知られている。解散から40日以内に総選挙・投開票をするルールになっており、その40日間がとくに株高になりやすい。米景気が利下げで失速を免れて、日米選挙の目途がつく11月からは株式市場は徐々に下値を切り上げそうだ。
東証は23年3月に日本企業のPBRの低さを問題視し、上場企業に資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応などを要請し、多くの企業が経営改革を進めた。そして今後、当局の市場改革はもう一段ギアが上がる。最近では金融庁が政策株の保有により資金が成長投資に回らないことや議決権が適切に行使されないなどの理由から、合理性がない政策株は縮減されるべきとしている。政策保有株を大量に保有する企業も売り出しなどで対応を急いでいる。株式持ち合いがほぐれれば海外からのM&Aが増える可能性がある。
さらに東証は今年6月、東証株価指数(TOPIX)を算出する銘柄の定期入れ替えについて、プライム・スタンダード・グロースの全市場区分を対象とする見直しに着手すると発表した。流動性を重視し、年間の売買代金や浮動株時価総額といった指標を基に銘柄を定期的に入れ替えるが、初回の定期入れ替えは26年10月。その後、28年7月まで2年程度かけて段階的に実施する。東証の試算によると、見直しによりTOPIXを算出する対象は1200銘柄に減る予定だ。現在のTOPIXは2000以上の銘柄で構成されるため、現状比6割程度の銘柄構成となる。スタンダードやグロース市場からは約50銘柄を採用する見通しだ。TOPIX見直しの詳細は早ければ9月末にも明らかになる。東証の山道裕己最高経営責任者は、「上場企業には同指数への選定も念頭にした企業価値向上への取り組みを期待する」と会見で話した。影響としては、投資家に注目されず株式時価総額順位が落ちていくと指数から外され、TOPIXをベンチマークとするパッシブ運用の機関投資家から大量の売りが出る可能性が高い。時価総額下位のグループの上場企業には競争が生まれ、緊張感のある経営が迫られるだろう。逆にいままでTOPIXに採用されていなかった非構成銘柄は追加されればパッシブファンドから買いが入るうえ、アクティブファンドの投資対象となる。株価を上げるためのインセンティブが働くとともに、株価が高く、浮動株の少ない銘柄には株式分割を行うという市場の期待が高まろう。
8月の株式市場の急落をはさんでドル・円相場の水準が変わっており、業績が好調な好実態、また期待材料がある外需銘柄に加え、円高に対応できそうな内需関連も注目される。具体的には防衛関連の三菱重工、アップル関連のTDK、円高メリットの良品計画、ABCマートなどに注目したい。
(8月20日記)