マーケット見通とポイント
東京株式市場では、市場全体の値動きを示す東証株価指数(TOPIX)が堅調に推移している。7月4日には2898.47ポイントと、35年前の史上最高値2884.80ポイント(89年12月末)を更新した。1〜3月に急騰した反動で日経平均株価への寄与度が高いファーストリテイリングや東京エレクトロンは日柄調整を余儀なくされているが、日立、三菱重工業、ソフトバンクグループ、三菱UFJフィナンシャル・グループといった超大型銘柄の一角が5月連休明けから海外年金などの買いで新値追いとなっており、株式市場への資金流入は続いている。
家計の投資マネーは上値追いには慎重だが、着実に市場に流入している。日本証券業協会が6月26日に発表した「NISA口座の開設・利用状況」(証券会社10社・2024年5月末時点)によると、24年1〜5月のNISA累計買い付け額は約6.6兆円。このうち成長投資枠での買い付けが約5.2兆円、つみたて投資枠が約1.4兆円である。成長投資枠では株式が60%、投資信託が40%を占める。投資家のニーズに合わせて2つの投資枠が柔軟に活用されている。新NISA制度の開始をきっかけに、預貯金を投資に振り向ける動きが広がってきた。またNISA買い付け額のうち44%(約2.91兆円)は国内株式の買い付けであり、制度の趣旨である「成長資金の供給」の役割も担っている。ちなみに1〜5月累計の国内株式買い付け額2.91兆円を年率換算すると約7.0兆円となる。日銀のETF買い入れの暦年ベースの最高は20年の6.8兆円だったので、NISAを通じた家計の日本株投資は日銀のETF買い入れに匹敵する規模になる可能性がある。NISA資金の多くが先進国および新興国の株式などへ投資するオールカントリー(全世界株式)など海外に向かっているとの報道が目立つが、NISAマネーは企業の自社株買いと並ぶ国内勢で有力な買い主体になっていると評価できる。
GPIFは日本株の比率を上げる!? HVDC送電関連の日立などに注目
国内機関投資家では年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の国内株比率変更の動きに注目している。GPIFは運用資産額が226兆円(23年末)を誇り、このうち国内株式を55兆円保有する日銀に次ぐ最大級の日本株保有主体である。GPIFは5年に1度、資産ポートフォリオを見直すとしており、次の変更は25年3月だ。結論として、GPIFは基本ポートフォリオの国内株比率を増大させる可能性が高い。第1の理由は、名目賃金上昇率の上振れが、GPIFの名目運用利回りの目標の上方修正につながると考えられることだ。GPIFが運用状況を報告する業務概況書をみると、「長期的に年金積立金の実質的な運用利回りは1.7%を最低限のリスクで確保することを目標とし、この運用利回りを確保する」としている。ここでいう「実質的な運用利回り」とは「年金積立金の運用利回りから名目賃金上昇率を差し引いたもの」と定義されている。実質的な運用利回りを計算するうえで活用される名目賃金上昇率は持続的な賃金・物価上昇がみられので、前回の19年のそれを上回るだろう。4月16日の社会保障審議会年金部会では24年公的年金財政検証の長期の経済前提案が提出された。提示された4つのシナリオでは、名目運用利回りのレンジは1.8〜5.4%(前回19年のレンジは1.3〜5.0%)、対賃金での実質運用利回りのレンジは1.3〜1.7%(同0.4〜1.7%)だった。いずれも19年より上方修正される可能性が強い。
第2の理由は、政府の「資産運用立国」構想(23年12月公表)の最大の狙いの一つが、国内の年金基金などの機関投資家の資金流入による株式市場活性化と考えられる。そのため資産運用業の質的・量的な改善を図り、政府が推進するアセットオーナーシップ(資産運用業)改革では、受益者の最善の利益を追求する観点が強調されている。インフレが定着し、政策金利が引き上げられるなかでは、インフレ耐性の強い株式への資産シフトは自然な発想である。
GPIFの過去の運用実績をみると、基本ポートフォリオ変更の前から実際の運用に変化が出ている。例えば、20年4月から外国債券の運用比率が25%に引き上げられたが、方針が決定された20年3月以前から組み入れ比率の増大が確認される。またアベノミクス政策下の14年10月に日本株の保有比率を12%から25%に引き上げたが、実際の国内株比率は8〜9月頃から増えている。
株式への資産シフトが、資産収益性の向上を確保するという意味において、受益者の最善の利益に沿うことは確かだ。今後GPIFが日本株の比率を増大させるなら、ほかの企業年金も追随するだろう。「資産運用立国」構想の資料には、アセットオーナーとして想定される主な主体としてGPIF以外では企業年金(DB、資産規模66.2兆円)、地方公務員共済組合連合会(同28.7兆円)、企業年金連合会(PFA、同12.2兆円)、国家公務員共済連合会(KKR、同9.2兆円)、日本私立学校振興・共済事業団(同4.6兆円)などが挙げられている。ただし、注意が必要なのは債券から国内株に資産がシフトする場合、円金利の上昇に目配りした銘柄選別が必要となる。GPIFの運用資産額からみて仮に5%の資産シフトは、約10兆円の資産再配分に相当する。
年後半の不透明材料は米大統領選挙と米国の金融政策である。仮に、想定外のシナリオの現出で世界の株式市場が一時的に波乱に見舞われたとしても、日本株には年金資金という強力な買い手が存在することは心強い。
再生可能エネルギーの活用に向け、経済産業省が広域連携系統(主要送電網)のマスタープランを発表している。必要投資額として、ベースシナリオで約6兆〜7兆円を見込む。同プランには北海道〜東北〜東京エリアの新設費用約2.5兆〜3.4兆円が含まれる。電力インフラ投資関連で需要が拡大しているのが高圧直流送電(HVDC)である。HVDCは送電ロスが少なく、長距離でも大量に送電でき、国境や地域をまたぐ送電網に適しているとされる。HVDCの世界シェアトップは日立エナジーである。日立が20年にスイス重電大手のABBの送電網事業を買収した。23年4〜12月期の受注高は2.6兆円と前年同期比51%増、受注残は約4.3兆円に上った。欧州のHVDC案件では住友電工がケーブルの受注を複数獲得している。このほかの電力関連企業として古河電工、ダイヘン、明電舎などが挙げられる。
(7月20日記)