マーケット見通とポイント
2023年に東京証券取引所(東証)はプライムおよびスタンダード市場の上場企業に対して「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請した。それがきっかけとなって日本企業の経営改革に対する期待が高まり、東証の主要株価指数は33年ぶりの高値をつけた。東証の要請の背景には日本の上場企業の約半数が自己資本利益率(ROE)8%、株価純資産倍率(PBR)が1倍を下回り、資本収益性や成長性といった観点で欧米から大きく後れを取っているという事実がある。
株価を意識した経営を行うよう企業に直接行動を促した東証の要請を第1ステージとすれば、24年は第2ステージに向かう。まず、24年1月から東証の要請に基づき開示している企業の一覧表を公表する。東証のPBR向上の方針や取り組み、進捗などの開示要請に対して、”検討中“としている企業が多いことから、一覧表の公表を通じて要請の趣旨を再度徹底する。一覧表に公表されない企業には株主からの圧力が強まり、開示の拡充が進みそうだ。
2つ目に、東証は親子上場に関しても開示を強化する方針だ。昨年12月に、上場している子会社や関連会社を持つ上場企業に対し、上場させている理由や、子会社の経営や役員人事への親会社の関与などについて開示を要請している模様だ。子会社側にも親会社が経営に与える影響に関して説明を求める。要請の対象は親会社や子会社のほか、関連会社など、他社と一定の資本関係がある上場企業で、1000社を超える見通しだ。
3つ目は適時開示の際の英語義務化だ。東証はプライム上場企業に対し、適時開示を行う際に英語でも開示するよう義務付ける検討に入った。月間売買代金の約7割を占める海外投資家に対し、国内投資家と対等に情報を提供し、投資マネーを呼び込みやすくする狙いがある。決算短信を英語で出す企業の割合は9割超にのぼるが、業績予想や配当の修正、自己株取得といった適時開示を英語で行っている割合は約4割にとどまる。英語化が義務化された場合、翻訳などで企業側の実務負担が増すが、それこそ生成AIの出番となる。
PBR1倍割れで特定株式を多く持つ企業の株価評価余地は大きい。
このうち最も注目されるのは親子上場の開示の強化である。東証の狙いは特定投資株式(政策保有株式)の見直しにあると思われる。子会社の株式上場は、資金調達や知名度向上による人材確保などの面でのメリットが考えられるが、一方で当該子会社に投資する株主と親会社との間で利害が対立するとの懸念がある。海外投資家は「親会社が優先され、少数株主の利益が損なわれるのではないか」との懸念を持っている。
特定投資株式を多く待つ企業は縮減を進めることでROE(計算式は1株当たり利益÷1株当たり株主資本)やPBR(株価÷1株当たり株主資本)の改善余地がある。特定投資株式の売却に加えて、不採算事業や非中核事業の売却も原資に、収益性や資本効率改善の具体的施策を打ち出せるか注目が集まろう。
東証の開示要請に先手を打つように23年11月、上場大手企業のグループ資本政策に相次いで大きな動きがあった。11月8日、トヨタ自動車、豊田自動織機、アイシンのトヨタグループ3社は、保有するデンソー株の一部を売り出しにより売却した。売却はデンソー株の約10%に相当し、売却総額は11月29日の終値で6700億円程度となる。各社とも株式の持ち合いを見直し、売却資金を電動化投資などに振り向ける計画だ。一方のデンソーは市場への影響を抑えるため、上限2000億円の自社株買いも併せて実施した。富士ソフトは同日、株式公開買い付け(TOB)により上場子会社4社を完全子会社化すると発表した。さらに11月14日、人材紹介・派遣業大手のパソナグループは時価総額で親子逆転状態にあった福利厚生代行事業を手掛ける子会社のベネフィット・ワンの保有株を、医療情報サイトを運営するエムスリーに株式公開買い付け(TOB)を通じて売却すると発表。その後、ベネ・ワンを巡っては、本業以外のビジネスを強化したい第一生命HDが対抗TOBを実施しており、争奪戦の様相を呈している。
親子上場が解消される場合、二つの展開が考えられる。一つは、親子間のシナジー効果などが薄ければ株式売却による投資の清算である。上述のパソナグループの事例がまさにそうだ。もう一つは、親会社がコア事業として注力するのであれば完全子会社化するケース。上述の富士ソフトの事例以前には、23年2月2日に住友電工が日新電機の完全子会社化を発表、8月2日には伊藤忠が伊藤忠テクノソリューションズの完全子会社化を発表した。株式市場の評価はどうか。パソナGの株価はTOB公表前日から23年の高値まで約2.1倍に上昇した。親会社の選択と集中が進展すると評価されたほか、売却で得られた資金の使途なども注目された模様。一方、完全子会社化の道を選択した富士ソフトはTOB公表前日から23年の高値まで18%上昇、住友電工は同様に25%、伊藤忠は同8%とともに上昇している(伊藤忠は23年1月からTOB公表前日までバフェット効果などで約38%上昇していた影響がある)。
PBRが1倍未満(23年末時点)で特定投資株式(保有目的が純投資目的以外の投資株式のうち非上場株式以外のもの)の1株当たり株主資本に対する比率が高い企業の例を挙げると、6971京セラ(特定投資株式÷1株当たり株主資本の数値が48%)、1860戸田建設(同47%)、9401TBSHD(同37%)、9301三菱倉庫(同30%)、1803清水建設(同29%)、1802大林組(同26%)、4676フジ・メディアHD(同26%)、4205日本ゼオン(同23%)、6201豊田自動織機(同23%)、5232住友大阪セメント(同22%)などがある。特定投資株式を多く持つ企業は傾向として全体的に余剰資金を持つ傾向にあり、資本効率改善余地(=株価再評価の余地)が高そうな企業が多いと言えそうだ。
表に親子上場の事例を挙げたが、子会社の数が多い総合商社やイオン、有力子会社をもつ京成、GMO、NTT、ソフトバンクグループの政策保有株の戦略が注目される。
(1月20日記)