マーケット見通とポイント
最近の金融市場の最大の関心事は、米国は今の積極的な金融引き締め政策を続けた場合でも、景気後退を回避できるかどうかである。米FRBは高すぎるインフレを抑制するために強硬ともいえる引き締め策に動き出した。3月のFOMC(連邦公開市場委員会)から0.25%の利上げを開始。5月は0.5%利上げを実施し、6月は平時の利上げ幅の3倍となる0.75%の利上げを実施した。9月FOMCについては明確な告知はないが、セントルイス連銀のブラード総裁は年内に3.5%まで利上げをすべきと主張している。ちなみにFOMCは年内にあと4回(7月を含めて)あり、7月0.75%利上げ、9月0.5%利上げ、11月、12月は0.25%の利上げと想定すれば年末は3.50%となる。
一方、FRBのバランスシートの縮小(QT)については6月から8月まで毎月475億ドルずつ、9月以降は毎月950億ドルずつへと縮小幅を倍増させると見込まれている。仮に毎月950億ドルを3年間続けると資産縮小の規模は合計3.4兆ドルとなり、現在の資産(約9兆ドル)が約38%も減る計算になる。FRBのバランスシート規模と米S&P500株価指数の関係には極めて高い正の相関がある。同様に米住宅価格指数とも相関関係が確認される。バランスシートの拡大が資産価格を押し上げてきたことは明白だが、今後、バランスシートが縮小していく過程で資産市場から流動性が吸い上げられて、現在の価格を維持できなくなることが大きな懸念材料になっている。
引締めは始まったばかりだが、早くも景気減速を示す指標が出始めた。4月の米新築住宅販売件数は年率59.1万件と3月の同70.9万件から急減速、ピークだった昨年12月の83.9万件から約3割も減った。4月の中古住宅販売成約指数は前月比3.9%減と市場予想以上の落ち込みで、2014年以来の低水準となった。中古住宅販売件数の今後の減少が見込まれる。5月の購買担当者景気指数(PMI)は製造業とサービス業の両方で予想以上の減速を示し、週間の新規失業保険申請件数(5月16〜20日の週、4週移動平均)は8週連続の増加となった。
米国のインフレにも変化の兆しはある。4月の米消費者物価指数(CPI・コア指数)は前年同月比+6.2%と3月(+6.5%)から鈍化した。FRBが重視するインフレ指標である消費支出価格指数(PCE)や平均時給の同伸び率も3月よりも鈍化し、ピーク通過の動きとなっている。しかし前月比ではCPI・コアが+0.6%(3月は同+0.3%)、PCE・コアが同+0.3%(3月は同+0.3%)と高止まりしており、とても安心できるものではないし、下がり方が弱過ぎる問題がある。FRBは当面、インフレ抑制の強硬姿勢を変えられそうにない。
パウエル議長は5月4日のFOMC後の記者会見で、市場が危惧している景気後退を回避してインフレを抑え込む軟着陸は可能であることを強調した。一定程度引き締めが進んだ後に景気の軟着陸が難しくなる兆しや、QTが株式や住宅価格など資産価格に影響を持ち過ぎる場合、引き締めを緩める可能性も見ておく必要はあるのではないか。
米FRBはインフレ目標を引き上げる? OLC、ニコンなどに注目
こうした中でウォール街ではむしろFRBはインフレ目標を引き上げるべきだとの意見が浮上している。米国の金融情報誌バロンズ(5月29日号)は、FRBの金融引き締め政策と景気後退回避を両立させる唯一の方法は、FRBのインフレ目標の引き上げだという、ヤルデニ・リサーチ社長のエドワード・ヤルデニ氏の見方を紹介している。ヤルデニ氏は、FRBのインフレ目標について、「FRBは2%と言い続けているが、現在の物価はその目標に対して高過ぎるかもしれない」「物価上昇率が4%程度まで下がれば、FRBはインフレ目標を引き上げるシグナルを発信し、多くの投資家が考えているより早く金融引き締めをやめる」と予想している。ヤルデニ氏の見解の主たる理由は家賃。住宅ローン金利の上昇で住宅需要は減少している一方、住宅価格はまだ上昇している。住居費はFRBが重視するインフレ指標であるPCE・コアの4分の1、CPIの約4割を占める。米住宅業界では今年も中古住宅価格は8%、新築住宅価格は6%、それぞれ上昇すると見込まれている。家賃の動向は住宅価格に12ヵ月から18ヵ月遅れるため、これらの予測は住宅市場が冷え込んでも家賃が高いままであることを示唆している。ヤルデニ氏は深刻な景気後退を引き起こす以外に、FRBが家賃インフレに対してできることはほとんどないという。
インフレ目標を引き上げるとマーケットにどんな影響がでるか。バロンズは弱気・強気の二つの見方を紹介している。弱気派はインフレ目標を引き上げると物価が上昇し、後にさらに痛みをもたらす可能性があり、株式にも債券にもマイナスになるとの見方。一方、強気派はインフレ率の上昇は債権者を犠牲にして借り手に利益をもたらす。インフレ目標が引き上げられれば、金利は下がり、企業の将来のフリーキャッシュフローの現在価値が高まるため、成長株を押し上げるという考え方だ。
パウエル議長はボルカー元FRB議長のようにタフになれないし、三重野元日銀総裁のように株価無視ではないと考えられる。ボルカー議長のようになれないのは、バイデン大統領がカーター元大統領の二の舞になってしまうことに通じるからだ。
インフレ目標の引き上げは実質金利を下げることで景気刺激になるというアイデアは、2010年に当時IMFのチーフエコノミストだったオリビエ・ブランシャール氏が指摘している。現在、それを実施すれば、QTをどうするのかという問題も出てくる。今、高いインフレ率を許容すれば11月の米中間選挙でバイデン政権にダメージになるのでFRBサイドからはこうしたアイデアは出しにくいだろう。
日本株市場は当面、保ち合い推移が予想される。参考銘柄は、内需・ディフェンシブ系からリオープニング関連銘柄としてOLCとパーク24、損保業界の収益環境は内外で良好なことから東京海上HDなどに注目。外需関連では、高付加価値品への注力と構造改革で映像部門が改善傾向にあるニコンは半導体用露光装置の成長も注目される。ライトトラック用大口径タイヤが米国で好調なTOYO TIRE、先端半導体材料が好調なADEKAは子会社の日本農薬が食糧増産のテーマに乗ることからも注目できそう
(6月16日記)