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マーケット見通とポイント

2022年5月27日
国際分業にブレーキがかかり、世界貿易が抑制、インフレは長期化へ

今回のウクライナ危機は幅広いコモディティ(商品)の供給不安、価格上昇につながっている。短期的にエネルギー自給率の低い国を中心に経済の下押し圧力となる。逆にエネルギー自給率や食料自給率が高い国は金融市場で見直される動きが強まりそうだ。これまで経済のグローバル化が世界的な低インフレ傾向、長期金利の安定といったマクロ環境を長期化させてきたが、ウクライナ危機がその転機になるとみられる。脱グローバル化、世界の分断により、インフレが復活し、高ボラティリティの時代に入る可能性が高い。

 

ウクライナ危機でコモディティの供給不安高まる、世界経済に大きな転機

 

今回のウクライナ危機ではコモディティの供給不安や価格上昇リスク、さらに食料不足懸念が高まっている。中長期的な変化として注意したいのはロシアへの経済制裁によって米・EU・日本など既存の秩序サイド組と、ロシア・中国・親ロ・親中などの新興勢力組との間で「分断」が決定的になることだ。これは脱グローバル化を意味する。これまで経済のグローバル化が世界的な低インフレ、および長期金利の安定をもたらしてきたが、脱グローバル化が進むと「インフレが復活し、高ボラティリティ市場」の時代に入る可能性が高く、銘柄選別の腕が試されよう。

ロシアは天然ガス、原油など燃料資源では米国と肩を並べる世界的な生産大国であるほか、小麦など穀物の国際市場においても高いシェアを占める(グラフ1)。例えば小麦の輸出市場における世界シェアは18%、大麦は同13%、ひまわり油にいたってはウクライナと併せて同62%と圧倒的である。食料の不足や価格上昇の長期化に留意が必要だ。またロシアは世界最大の肥料輸出国であり、肥料価格の上昇が穀物の供給減少と価格上昇に直結する。さらにロシアは金属・鉱物の生産量も多く、自動車の触媒コンバータなどに使用されるパラジウムは世界生産の43%を担う。ウクライナ危機後もロシア寄りの姿勢を見せる中国と併せると鉄鋼原料のパナジウムで78%、アルミ合金や鉄鋼原料となるマグネシウムではなんと世界の89%のシェアを占める。西側諸国によるロシアへの制裁措置は強化されており、幅広いコモディティや食料の供給不安、価格上昇につながりやすくなっている。地政学的リスクに対して、各国が自国のサプライチェーンの強靭性を高めるとコモディティ需要の増加は長期化し、コモディティの価格は高止まりすることになる。

短期的な影響として注意したいのは、エネルギーの供給不安や価格上昇がエネルギー自給率の低い国を中心に経済の下押し圧力となることだ。ドイツ、フランス、イタリアなどのユーロ圏の主要国や日本などの自給率は低く、エネルギー調達上のリスクがある。とりわけ欧州のロシアに対するエネルギー依存度は高く、ユーロスタットによると、20年のEUのエネルギー輸入におけるロシアからの輸入比率は石炭が49.1%、天然ガスが38.2%、石油が25.7%と高い。4月27日、ロシア国営ガスプロムは東欧のポーランドとブルガリアへの天然ガス供給を停止したと発表した。ちなみに20年のポーランドのロシア天然ガス依存度は46%、ブルガリアは同80%と高く、欧州の調達不安が現実のものとなった。ロシアに天然ガス輸入の46%を依存するドイツが同26日、対空戦車のウクライナ輸出を決定したが、応酬としてガスプロムが対ドイツ向けエネルギー供給削減など強硬姿勢に出れば、ドイツ経済にも深刻な影響が及び、ロシアと欧州に緊張がさらに高まる。これに対して、資源国であるノルウェー、豪州、カナダ、ブラジルなどのエネルギー自給率は高く、シェール革命によって石油や天然ガスの生産が大幅に拡大した米国も自給率が100%を上回っている(グラフ2の左)。米国は世界最大の原油生産国であり、近年は純輸出国に変化した。最近の原油高は交易条件の改善(輸出価格÷輸入価格)を通じて米国経済にはプラスのメリットを及ぼす可能性がある。グローバル運用の観点から食料自給率(グラフ2の右)と併せて考えると、豪州、カナダ、米国などが選別されやすいと考えられる。

エネルギー資源を中心とするコモディティ価格の急上昇は世界経済への下押しリスクであるが、エネルギー効率が過去と比べて大きく改善していることは注目したい。例えば米国エネルギー情報局(EIA)によると、米国のエネルギー強度(実質GDP1単位当たりのエネルギー消費量)は1970年から2020年にかけて約6割も改善している。こうしたエネルギー効率の改善は世界各国で見られているが、なかでも日本の省エネの技術力の高さは知られており、エネルギー価格上昇による経済や業績への影響はオイルショック時などと比べても抑制される可能性が高い。

 

世界の分断で経済はコスト高、インフレ、高ボラティリティの時 代

中長期的に注意したいのは米・EU・日本など既存の秩序サイド組と、ロシア・中国・親ロ・親中などの新興勢力組の二極に世界が分断されることである。1989年11月のベルリンの壁の崩壊をきっかけに、91年12月にソ連が崩壊、東欧諸国が自由・平等・平和を目指す西側経済に徐々に組み込まれた(グラフ3参照)。1995年の世界貿易機関(WTO)設立で貿易システムが構築され、その後、中国の加盟(2001年12月)、ロシアも2012年に加盟。これによってグローバル化が加速し、世界貿易は大きく拡大した。各国が自国の得意とするモノやサービスの生産に特化し、それ以外は貿易で賄うことにより相互が貿易利益(コスト低減)を享受する「比較優位」が経済成長を後押しした。

今後はこの前提が変わる可能性がある。ウクライナ侵攻を続けるロシアに対して米国、EU、日本や豪州などWTO加盟国・地域が貿易上の優遇措置である「最恵国待遇」を取り消す方針を発表するなど態度を硬化させている。ロシアを締め出す動きは自由貿易の亀裂を示唆するものであり、脱グローバル化により世界貿易はスローダウンが避けられないだろう。世界の分断は国際分業にブレーキをかけ、世界貿易を抑制するほか、サプライチェーン再構築で生産コストが上昇、インフレ圧力を高めることが警戒される。ソ連崩壊後のグローバル化が「低インフレ・長期金利安定=適温経済下の低ボラティリティ市場」といったマクロ環境を長期化させてきたが、今回の脱グローバル化、世界の分断により、「インフレ復活・高ボラティリティ市場」の時代に入るシナリオが考えられる。インフレ時代になると株式は現預金よりも優位だが、銘柄選別の腕が試されよう。

株式投資の観点では、ウクライナ危機によって投資や支出が拡大しやすい分野に注目したい。その一つが防衛産業である。比較的親ロ国であったドイツでさえ今回は西側諸国による経済・金融制裁に同意したほか、これまで消極的だった紛争地域への軍事支援でも、ウクライナへの武器供与を決定した。さらに抑制してきた国防費をNATOの目標とする対GDP比2%水準に引き上げることも決定した。22年度の日本の防衛予算も5兆4,005億円(当初予算)と10年連続で増加し、過去最高を更新。補正予算分を加えると6兆円台となり、対GDP比で1%を上回る。21年の世界の軍事支出は2.1兆ドル(約270兆円)、前年比6.1%増となったが、今後も拡大しよう。加えて、ロシアによるサイバー攻撃への警戒が高まるなか、官民ともにサイバーセキュリティー強化への投資が拡大するだろう。

また安全保障上の重要性が再認識されたエネルギーについては、自給率を高めようとするインセンティブが働き、政策支援の下で関連投資の拡大が期待される。環境負荷への懸念から石油増産に厳しい姿勢を示していた米バイデン政権においても、足もとでエネルギー長官が石油業界に増産を呼び掛けるなど態度が変化しつつある。化石燃料資源に乏しい欧州では再生可能エネルギーの活用を加速させる可能性が高い。エネルギー自給率の低い日本は、これまで蓄積してきた省エネ技術をさらに磨くことが予想される。燃料高を背景に3月の大規模太陽光発電(メガソーラー)の入札価格が、火力発電の半値以下になるなど再生エネルギーが普及しやすい環境も追い風だ。日本は水素や洋上風力発電、蓄電池などにおいて高い特許競争力を持っており、これらの活用も期待される。

このほか、国際食料価格の上昇はバイオ分野のイノベーションを活用した「アグリテック」の加速につながる可能性があり、脱グローバル化により安価な労働力の確保が困難になれば農業分野でもFA投資が一段と拡大することも予想される。「必要は発明の母」というが、今まさに様々な領域でイノベーションが加速しやすい環境にある。関連銘柄としてインフレ復活で市況関連や総合商社、油井管やパイプラインを北米で展開する住友商事、防衛関連では三菱重工や川崎重工、富士通、サイバーセキュリティーソリューションを手掛けるトレンドマイクロ、農業のFA関連としてコマツやクボタ、省エネ技術力に定評があるダイキン工業などに注目したい。

 

(5月16日記)

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