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マーケット見通とポイント

2021年12月1日
設備投資を加速させる4つの材料が顕在化、インフレ懸念を乗り越えて、設備投資が主導する業績相場に入る

 新型コロナで2020年に世界経済は急激に落ち込んだが、その後の各国の経済対策で急回復。今では、予想以上に早い需要回復とサプライチェーンの混乱が物価上昇を引き起こしている。米国のインフレ率は22年1〜3月期まで高止まりしそうだが、概ね市場には織り込まれた可能性がある。FRBの金融政策は「緩和の縮小」段階から来年かけて「中立」に戻り、「本格的な引き締め」は23年以降だ。22年9月末の米長期金利は2.2%までと想定。民間設備投資を加速させる4つの材料が顕在化することで今後、株式市場では「業績相場」のステージに入ると予想される。

世界経済は、各国政府・中銀の緩和的な政策やワクチン接種の進展を受け、予想以上に早く需要が喚起された。一方、供給面では半導体不足に代表される部品・材料不足によるサプライチェーンの混乱、コンテナ不足、運転手・港湾労働者不足などで供給能力は抑制されている。この需給のミスマッチが物価上昇を引き起こしている。原油価格の急騰も後押しし、高いインフレが長期化する観測が高まったところに、デルタ株の感染拡大と物価高を背景に米国経済に急ブレーキがかかったため、米金融市場では「スタグフレーション」(不景気下の物価上昇)懸念の議論が一時浮上した。

1970年代の2回の石油危機では、中東における原油の供給ショックを受けて米国では失業率、消費者物価指数(CPI)上昇率(総合ベース、前年同月比)がそれぞれ10%を超え、この2つの指標を合計した「悲惨指数」が20%に乗せる深刻なスタグフレーションとなった。米国の実質GDP成長率は最悪時の第2次石油危機時の1980年4〜6月期に前期比年率で▲8%のマイナス成長を記録している。発端は原油価格の急騰であり、家計の「長期」のインフレ期待が急騰、これが賃上げ要求を通じて企業の単位労働コストを押し上げた。単位労働コストは1単位当たりのモノを生産するのに必要な賃金のことで、必然的に自社の財やサービスを大幅に値上げせざるを得なくなった。それが再び家計のインフレ期待を高めるという「賃金・物価のスパイラル」が発生したことが原因だった(図1参照)。

これに対して今回はどうか。米国の21年9月の失業率は4.8%、CPI総合は前年同月比5.4%の上昇となり、悲惨指数は10%台に乗せた。CPI上昇率は高い状況であるが、ピークだった6月と伸び率は変わらない。今後は米西海岸の港湾荷揚げも政府主導で動き出し、半導体の設備投資も各国で積極化しており、22年下期からの供給拡大が期待される。OPECも減産を縮小する可能性があり、世界景気の減速を考慮すれば、資源・金属などの価格高騰もピーク圏にあると考えられる。一方、米失業率は6月の5.9%から9月は4.2%へ大きく改善したが、コロナ禍前(20年2月)が3.5%であったことを考えると、今後も改善余地がある。企業にとって原材料や人件費などコスト増は減益要因となるが、最終需要が底堅い米国の場合は、売り値に価格転嫁できる余地があり、不況にはなり難い。インフレ率は前年同月比では22年1〜3月期まで高止まりする可能性はあるが、懸念材料としては概ね市場で織り込まれた公算が大きい。

なお、中国などで積極化する気候変動対策の本格化はエネルギーの供給削減という意味で石油ショックに類似しているように見える。しかし中国は対外的には気候変動対策をアピールしているが、中国政府は10月19日、電力不足を解消するためエネルギー関連の大手企業に石炭火力をフル稼働させるよう指示を出した。22年の共産党大会を控えて、「社会の安定」を重視する習政権は温暖化対策より足もとの経済・社会への影響回避を最優先させている。気候変動対策は長い目で見れば供給不安につながる可能性はあるが、それは緩やかであり、石油危機時のようなスタグフレーションを引き起こすとは考えられない。

  

金融相場から業績相場へ、グローバルに設備投資の増加を促す4つの要因

 

株式相場は景気の局面を反映して「金融相場→業績相場→逆金融相場→逆業績相場」と4つのサイクルを循環する(図2)。

「金融相場」は景気悪化に対応するための大幅緩和によるカネ余りがエンジンとなり、株価が上昇する局面である。PERの上昇が主導することで市場全体が押し上げられる全面高の相場となる傾向がある。次に「業績相場」は景気のけん引役が主に設備投資にシフトし、資金需要が引き締まるため金融政策が緩和から中立に戻る。いわゆる製造業が景気を主導する局面であり、業績が本格拡大期に入り、予想EPSの上昇が株価上昇のエンジンになる。利上げステージの前半は主に業績拡大に注目が集まり、株価は堅調に推移するが、利上げの後半に入ると累積的な引締めの効果で先行きの期待値(PER)が低下し、株価は反落に転じる。これが「逆金融相場」である。そして景気悪化のサインが出る頃にはすでに業績は悪化しており、「逆業績相場」となる。

FRBは11月に「緩和の縮小」をスタート、今後「中立」→「引き締め」へと段階的に政策を変更していく準備段階にある。これは投資家心理にも影響を与え、株価のトレンドや相場の性質も変化することになる。現在の局面は「緩和の縮小」期に入ったばかりなので業績相場への移行期と考えられる。注目される指標はやはり米長期金利である。9月FOMCのドットチャートを参考にすると、利上げは0.25%ずつ計7~8回程度、FF金利のピークは24年末で1.75%または2.00%と考えられる。米国の潜在成長率が低下しているため、過去3回の引き締め局面でFF金利のピークは6.5%(2000年)、5.25%(2006年)、2.5%(2018年)と徐々に天井が切り下がっている。米長期金利は22年9月にかけて2.2%程度と想定される。仮に22年年央から利上げが始まるとすれば、利上げが後半戦に入るのは23年半ばである。つまり逆金融相場を心配しなければならないのは23年に入ってからだ。すなわち設備投資増による景気拡大=業績相場はこれから1年以上続くことになる。

このシナリオは現実的だろうか。

グローバル設備投資を加速させる4つの要因がある。第1に過去3年間に抑制されていたことによる「繰り越し需要」の顕在化、第2にDX(デジタルトランスフォーメーション)関連投資の加速、第3に温暖化ガス排出削減に向けた投資の活発化、第4に製造業が中国から生産拠点を分散化させるための投資の活発化である。

日本の機械受注のうち外需をみると、2018年から2020年にかけて3年連続で縮小した。グローバルに設備投資が削減された背景は、18年はトランプ前大統領による米中関税引き上げ競争、19年は米中対立悪化で世界経済の減速懸念、20年は新型コロナの感染拡大の影響、である。しかし、企業のキャッシュが潤沢に積み上がっており、ウイルス感染の不透明感が後退すれば、過去3年分を取り戻す設備投資の再開が期待できる可能性が高い。すでに米国の設備投資の先行指標となる輸送を除く耐久財受注はリーマン・ショック前を上抜けてきている(グラフ参照)。

実際、世界的半導体メーカーのインテルやマイクロン・テクノロジーなどによる巨額の投資計画の公表が相次いでいる。世界の半導体出荷額は20年の440億ドルから25年には717億ドルまで拡大すると見込まれている。世界的なDX投資の拡大で通常3〜5年で好不況を繰り返すシリコンサイクルは長期化しているとの見方もある。データセンターなどDXの重要なインフラを手掛ける米大手IT企業GAFAMの設備投資は20年に前年比32%増、21年同20%増、22年も同7%超の伸びになる見通しだ。

欧州では「脱温暖化」が民間設備投資のキーワードになっている。昨年成立した復興基金が分配され始めており、今後各国が計画に紐づいた政策を実施していく段階にある。欧州委員会は予算の37%以上をグリーン化への推進に割り当てることを課している。7月14日に欧州委員会から温暖化ガスの大幅削減(30年までに90年比55%削減、50年までに実質ゼロ)に向けた包括案が公表され、環境関連投資が今後加速するだろう。また世界の電気自動車(EV)市場は2040年には6,600万台と今後20年間で20倍に拡大する見通しで、フォルクスワーゲンは25年までに730億ユーロ、ダイムラーは350億ドルを投じる計画だ。フォード、GM、トヨタ、ホンダなどもEVの開発・市場投入に巨額の投資をするだろう。

米国では8月に1兆ドル規模のインフラ投資法案が超党派で可決された。バイデン大統領は「21世紀の競争で勝利するには準備が必要」「中国のインフラへの投資は我々の3倍だ」などと訴え、インフラ投資法案が中国への対抗に不可欠と強調している。インフラ投資法案は公共インフラの老朽化に対応するだけでなく、環境対応の推進や中国に対抗することが強く意識された計画である。

設備投資主導の業績相場は文字通り業績拡大を評価するため、選別色が強くなる。割安株の見直しや業績拡大が見込める銘柄を発掘する楽しさもある。技術革新関連では信越化学、ソニーグループ、パナソニック、トヨタ、デンソー、EV市場拡大で日本電産、モーター内蔵の圧縮機「電動タイプコンプレッサ」の拡大が期待できる豊田自動織機、インフレ感応度が高い三菱商事と三井物産、米子会社を通じて米人材サービス市場の回復のメリットを受けるリクルートHDなどに注目したい。

(11月15日 記)

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